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2003年07月のバックナンバー

2003年07月29日

東京ドームでの競輪復活を考える。

(2003年7月発行)

 石原都知事が「東京ドームでの公営競輪復活」を検討しています。それに対し、文京区では区長・区議会ともに「反対」 の要請をしたところですが、なぜ「反対」なのか?これまでの歴史的経緯も振り返りながら、 みなさんに知ってもらいたいポイントを記してみたいと思います。

○ 後楽園競輪の始まりと終わり(歴史的経緯)

昭和24年 戦後復興のため、都営後楽園競輪が始まる。
30年~ 40年 競輪全盛期。反面、周辺地域の環境は悪化しゴミの散乱や自転車の盗難
人的トラブルなど入場者のマナーをめぐる問題が表面化する。
44年 東京都が都営ギャンブル廃止を打ち出す。(美濃部都知事の公約)
48年 都営後楽園競輪の廃止
見返りとして後楽園スタジアムには、事業転換資金として97億円が無利子で貸し付けられる。その他、 退職従業員の手当てや関連団体・企業への補償など(金額不明)莫大な費用が投じられた。(全て東京都の責任・税による・・・)
62年 東京ドーム上棟式で、格納式のバンク(走行路)が存在することが確認される。
記者会見において保坂誠社長(当時)から「自転車競技施設の備えがある。施行したい自治体から要請があれば断る理由はない。」 と言明。(公営競技はどこでも施行が可能。例えば神奈川県が東京ドームで開催するも可)
同11月 他の自治体の開催を阻止するために大井競馬同様、東京23区で施行することを23区特別区長会で提案される。(その後、 競輪復活に反対の動きが強まり、 7区ほどの区長が反対。まとまらず。)
同12月 特別区長会にて、特別23区以外の団体(東京都も含む)の施行には絶対反対との意思決定をする。 当面は推移を見守ることを確認。
平成13年 地元後楽町会から都議会議長あてに「競輪復活反対」の陳情が提出。
14年 都議会本会議、自民党議員の質問に対し石原知事が「三宅島復興のために後楽園競輪復活を検討する。」との答弁。
15年
6月24日
都議会本会議所信表明にて、石原知事が競輪復活を再度表明。
同日 文京区議会本会議・渡辺まさしの代表質問に対し煙山区長が「東京ド-ムでの競輪再開に反対。」と答弁。その後、 文京区議会全会派一致で「競輪再開に反対する要請書」を合意・作成。
7月10日 都庁にて、都知事都議会議長あてに煙山区長とともに要請書を提出。



○ 公営競輪の現状(ギャンブルの是非を論じる前に・・・)

長引く経済不況とライフスタイルや価値観の変化に伴い、売上げは平成3年以降どの競輪場も減少。
それに伴い、競輪施行者である地方公共団体の収支状況も大幅に悪化している。

  1. 平成3年~12年 公営競輪全体の売り上げは10年間で37%減 (1兆2372億円減)
  2. 平成5年以降、いわゆる赤字施行自治体が現れ、その数は増加している。
  3. 平成3年以降13年度までに16の施行自治体が赤字を理由に撤退している。
  4. 平成3年度以降の競輪入場者減少率43%は(中央競馬9%・地方競馬37%・競艇31%オートレース32%と、)
    全公営競技中ワースト1位。


○ 競輪が再開された場合の文京区への配分金について。

配分金については、不明。ただし施行者ではないので、正直言って配分される財源は「迷惑料」程度。
しかもその使途については、競輪場から半径300メートル程度以内の地域整備のために限定されるなど、
福祉や教育など自由に使う事はできない。

○ 競輪復活を論じていく上でのポイント(反対と考える理由)

  1. 文化と教育のまち文京区には、競輪はふさわしくない。
  2. 環境の悪化などについては地元の後楽町など、一部の地域に過剰な負荷がかかる。
  3. かつての後楽園競輪廃止には莫大な税が投じられた経緯がある。
    知事が交代するごとに廃止をしたり再開したりすることに大きな疑問を感じる。
  4. 公営競輪は、どの自治体も厳しい運営を強いられている。
    撤退する自治体も増加している中、いくらドームにバンクが存在するとはいえ、
    敢えて競輪を復活させる必要性・妥当性はない。
  5. 特別区23区が施行者にならなければ、大きな財源確保にはつながらない。
    (23区が施行者となることも反対。)