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2005年09月のバックナンバー

2005年09月01日

駅頭立ち。(選挙戦第3日目)

8:00 都営地下鉄三田線「白山駅」にて、中山よしかつの選挙運動がスタートしました。

 1時間の駅立ちですが、白山駅は区内有数の乗降客を誇る大きな駅です。
マニフェストも400部が完配。関心は衰えません。

 その後、9時から10時半までミニ選車に候補者・私・斉田宗一区議の3人が乗り込み地元根津・千駄木を中心に遊説活動を行いました。
根津・千駄木は細い道が多く大きな車は入れません。そんなときには軽自動車での遊説が効果的。

 私と斉田議員で綿密に考えた遊説ルートは完璧。小さな路地もきめ細かく廻りました。反応も上々です!

2005年09月02日

マニフェストを配る!(正しい審判を下してもらうために・・・)

 12:00~17:00 中山よしかつ候補の選挙カーが文京区へ入りました。

 今回の選挙も私達民主党はマニフェストを掲げて、政策重視の真っ向勝負の選挙戦に挑んでいます。 そのために一人でも多くの方々にマニフェストを配布し、民主党の政策について理解を支持してもらうことが最大の目的です。

 しかし、マニフェストの配布には制限があります。選挙カーや選挙事務所、演説会の会場など・・・配布が限られているのです。
 また、街頭で配布する場合は候補者に一個だけ与えられている街頭用の「表記(ひょうき)」を掲げなければ配布ができません。

 配ろうと思ってもなかなか数を消化できないのが現状。

 それでも今日も与えられた文京区の時間の中で、私達区議会議員やボランティアの面々で精一杯頑張りました。ちなみに今日は600部 (私たちは600マニと呼んでいます。)の配布をすることができました。

 「塵も積もれば 山となる。」そう信じて地道にやっていきます。

2005年09月04日

争点は「政権交代!」(個人演説会から・・・)

12:00~16:00 文京区に中山よしかつ候補が入りました。

 選挙カーによる遊説、街頭での演説、マニフェスト配り(雨の影響で充分ではありませんでしたが・・・。)をこなした後、 19:00からは文京区民センターで「中山よしかつ個人演説会」が開催。

 200人の聴衆の前に、上田 清埼玉県知事・鈴木 寛参議院議員・煙山力文京区長・ オリンピック金メダリストで中山候補の後輩でもある塚原光男氏(塚原直也氏の父)が熱弁を奮い、異口同音に「小泉マジックに惑わされるな、 争点は郵政民営化だけではない!日本の将来を占う選挙だ!」と強調。

 候補者中山よしかつも「政権交代を賭けた選挙!!」と力説(写真)。

訪れた聴衆も固唾を呑んで話に聞きいっていました。選挙戦も未だ中盤戦。
マスコミ報道にもされているように「リードする自民党候補を激しく追い上げる中山よしかつ。」潮目の変化も現実化しています。

 後半戦で一気に刺し切りです!

2005年09月05日

「解せない・・・」候補者の戸惑い。(選挙戦7日目)

 選挙戦7日目。いよいよ後半戦です。

 選挙カーの入れ替え中に小石川事務所で新聞に目を通す中山よしかつ候補(写真)。
 どの新聞報道も「自民党過半数の勢い」との以外な論調に候補者の顔にも戸惑いの様子が伺えます。

 東京2区の情勢も自民党候補がやや優勢との記事が占めます。

 小泉マジックにも翳りが見え始め後半戦いよいよ形勢が逆転し始めると思っていた私たちにとってはまさに「解せない」状況です。

「どうしてだろう?なぜ国民は気づかないのだろうか?」との思いがよぎると同時に、若干焦る気持ちも・・・。 

 でもここは冷静にならなければなりません!まだまだ態度を決めかねている有権者が大多数。しっかりと伝えるべきことを伝え、 今やらなければならないことをきっちりやっていけば必ず勝機は見えてきます。

 焦らず落ち着いて・・・。今が我慢のしどころです!!

2005年09月06日

ラッキーでした。(雨上がって、朝街頭!)

 選挙戦も今日で8日目。いよいよ終盤戦です。

8:00 都営三田線春日駅頭から今日の遊説がスタート。
私たちが心配していたのが雨。台風の影響で天気予報も終日「激しい雨」の予想です。

 街頭演説はともかくとしてもマニフェスト配りには雨は致命的です。
対策としてマニフェストをビニールパッキングして、最悪でも1部でも多くのマニフェストを配布しようと備えました。

 ところが天は我々に味方しました。強い雨は候補者が春日駅に到着した7時半ごろには弱まり、 8時マイク開始時にはほとんど止んでいました。
45分に渡る候補者の訴えの下に支援都議・区議団が交差点の角々に立ち、マニフェストを配りました。 9:20活動終了時の配布枚数は500部。

 春日駅では新記録の樹立です!!

 日に日に手応えを感じています。確実に相手の背中が見えてきました。
投票日までには必ず捉えられると確信しています。

2005年09月08日

檄を飛ばす!(「勝つためにはなんでもやる。」・あと3日)

 選挙戦も今日を含めてあと3日。候補者中山よしかつは今日も朝早くから街頭演説、遊説、 個人演説会などタイトなスケジュールで選挙区をくまなく廻りました。

21:30 一日の選挙日程を終え、スタッフや文京・中央・台東の3区の選対代表者が浅草の本部事務所に集まり、 毎日会議が開かれます。私も文京区の代表として出席。今日一日の報告や明日以降の日程の調整などで話し合いは深夜にまでおよびます。

 今晩はその会議に候補者自身が顔を出しました(写真)。

「連日遅くまで、こうしてご努力いただいている皆さんに感謝している。廻っていても手応えを感じているし、勝てると確信している。 勝つためには何でもやるのであと3日、よろしく頼みます!」と檄を飛ばしました。

 マスコミ報道では相変わらず「自民優勢」の論調が続いていますが、毎日駅頭や街角に立ちマニフェストを配る私には、 日に日に有権者の様子に大きな変化が起こっていることを肌で感じています。

 あと3日。ただただ全力を尽くすのみです!!

超強力助っ人来る!!(雷門ジョイント演説会)

 8:00 都営三田線千石駅で中山候補と文京区支援区議団が集結して 「駅頭マニフェスト配り」を断行。 1時間の運動で500部のマニフェストを配り切りました。 マニフェストに対する関心は衰えを見せません。むしろ関心が高まっているようにも思えます。

12:00 浅草雷門前で民主党特別日程で岡田克也代表がやって来ました。それともう一人超強力助っ人が中山よしかつ候補のために・・ ・。

 そう!田中真紀子さん(写真)です。

彼女は民主党ではありませんが、衆議院内では我が民主党と同一会派を組んでいます。反小泉という点では急先鋒!

 今日も真紀子節は健在「あのもじゃもじゃ頭のオジさんは改革だ!改革だ!というけれどこれまで一体何が改革されたんですか! みなさんよーく考えてください・・・云々」

 それに続く岡田代表の演説も力強く、2000人にも膨れ上がった雷門前の聴衆に激しく訴えていました。

 選挙戦も今日をいれてあと4日。激しいデッドヒートは最後まで続きます。

2005年09月09日

固める!(個人演説会・投票日まであと2日)②

19:00 大塚「全林野会館」で文京区で2回目の中山よしかつ個人演説会が行われました。

 聴衆は200人。政権交代を訴え、マニフェストの実現を誓う中山よしかつ候補の演説を皆、熱心に聞き入っています。

 よーく考えればわかることです。小泉劇場に心酔する有権者を目覚めさせるためにはやはり、 こうして中山よしかつの話を聞いてもらうしかありません。

 地道な作業ですが、こうして「固めていく」しかないのです。
投票日まであと2日。トンネルの向こうにはかすかな光明が差しています。

 「いける!!」 そんな思いを胸に最終日にベストを・・・。

誠実に訴えていく!(徒歩遊説・投票日まであと2日)①

16:00 文京区に候補者が入る。今日は有権者に身近に、そして誠実に訴えていくことをテーマにし、 白山上・江戸川橋地蔵通りの2商店街を徒歩で遊説しました。

 候補者本人がマニフェストを持ち、買い物途中の主婦の皆さんや商店主の方々にマニフェストの中身や政権交代の必要性について語り、 訴えていました。

2005年09月10日

悔いなき戦いに!!(雷門前打ち上げ・最終日2)

19:30 雷門前最終打ち上げ会場に中山よしかつ候補が元気に入ってきました(写真)。 12日間にも渡る選挙戦の最後を締めくくるのは今回も雷門前。中山候補の地元です。

 今から約20年前、当時私が鳩山邦夫代議士の選挙区秘書としてこの浅草の地を訪れた時、中山よしかつ氏は台東区議会議員でした。 以来約10年間私は秘書の仕事を通じてこの中山よしかつ氏から政治を志す者の心構え・信念・努力そして気概を学びました。 中山よしかつという人は私にとってはまさに「育ての親」です。

 10年前秘書を辞め、 文京区議会議員となった私にとってはまさか中山よしかつ氏を直接応援できる立場になるとは夢にも思っていませんでしたが、
中山氏の衆議院転出(6年前)以来、恩返しのつもりで過去3回の選挙を全力で支援してきました。

 4回目となる今回がもっとも逆風。厳しい状況です。
でも「最後まで元気で頑張る。」「あきらめないで誠実に訴え続ける」それが中山スタイル。私も見習っています。

 やるべきことはすべてやってきました。大きなミスもありませんでした。
追い上げムードで選挙展開もいい形となりました。

 悔いなき戦いです。あとは結果を待つのみ・・・。
 正しい審判が下ることを祈ります。
 ありがとうございました。

最終街頭盛り上がる!(選挙戦最終日)

12:00 東京メトロ茗荷谷駅前、中山よしかつ候補の最終街頭が行われる。

 応援弁士は民主党最高顧問 羽田 孜元首相、そして慶応大学教授で経済評論家の榊原英資氏(ミスター円で知られた人です。)

 「小泉総理はこの4年間、改革を進めてきたのか?道路公団の改革はどうだったか?財政は再建できたか? 郵政民営化法案は真の意味での郵政改革となるのか?小泉内閣のこれまでをしっかり検証し、冷静に判断すべき!」 との榊原氏の訴えには迫力と説得力があり、道行く人達は立ち止まり耳を傾けていました。

 30分という短い街頭演説会でしたが、配布したマニフェストは500部
追い込みに拍車がかかります。いい感じです!!

2005年09月11日

東京で歴史的大敗・・・。(小選挙区は24対1)

 予想以上の大敗となってしまいました。

東京第2区の最終結果は以下の通り
中山よしかつ(民主) 98,335
ふかや隆司(自民)  127,891(当選)
中島つかね(共産)  24,348


 東京全体の小選挙区の結果に至っては民主対自民・公明で1対24。
まさに歴史的な大敗です・・・。中山候補も善戦惜敗率76.89%で最後の最後まで東京比例区での接戦を演じましたが次点、 結果として議席を得ることが出来ませんでした。

 深夜、閑散とした事務所の入り口に「ご支援ありがとうございました。」の張り紙を・・・(写真)。
なんともいえない心境でした。議員生活10年で初めて味わった敗北です。

 無念です。特に文京区では投票率が70%を超え、よい結果を期待していたのですが・・・。 しかし結果は結果として真摯に受け止めねばなりません。

 民主党が本当に2大政党の一翼を担っていくために、私達に与えられた試練です。

 そう思っています。

2005年09月12日

次回へ向けて!!(中山よしかつ氏明らかにする。)

11:00 文京事務所に中山よしかつ夫妻が入り、結果報告会が行われました。 祝勝会とならなかったのはとても残念ですが、中山氏本人は相変らず元気です。

 「補欠選挙で初当選以来6年、国会や党務に暇がなく地元対策も不十分だった。」と反省。「少し時間をかけながら、 ゆっくりと地元の人達と懇談する機会を設け、今までとは違った観点で政治を見つめていきたい。」と話し、 次回チャレンジに向けての意思を明らかにしました。

 小選挙区での獲得議席は自民対民主で52対219と大差がつきましたが、得票比率は自民47.8%に対し民主36.4% と実質2大政党化しています。議席の乖離はまさに小選挙区制の特徴が浮き彫りになった形になったと言えましょう。

 今回の結果で私達が反省すべきは、どんな逆風の中でも勝ち残るだけの基盤が充分に築けなかったこと・・・。 最低でも比例で復活当選できるような選挙基盤を築いていかなければ、安定した政治活動はできません。

 今後は、私達区議会議員との連携もより強化をして選挙基盤の再構築をしていくことで意見が一致。

 新たなる再出発の日です!

2005年09月13日

社会復帰・・・?(区役所議員控え室から。)

日中、挨拶回りや集会などに顔を出し、選挙の御礼を済ませる。

 夕刻、区役所議会控え室に入りました。7月の都議会議員選挙に始まりこの衆議院選挙が終わるまでの2ヶ月あまりの間、 この控え室で仕事に集中する時間が充分に持てなかったので資料は山積み、メールチェックなども疎かになっていました。

 来週からは第3回区議会定例会が始まります。それまでに諸々の準備をしておかなければなりません。

 早く気持ちを切り替えて、議会対策をしなくては!
 事実上の社会復帰です。

2005年09月15日

新教育委員に岡野俊一郎氏を。(議会運営委員会から)

10:00 議会運営委員会が第2委員会室で開会。委員長は私です。

 今日の議題は教育委員会委員の任命同意について。
猪口邦子教育委員が衆議院議員選挙出馬のため辞任されたことを受けての新たな選任同意です。

 前委員猪口邦子氏は上智大学法学部教授で国際政治学では権威、また前・軍縮特命全権大使にも抜擢され逸材で、 そうした方が文京区の教育委員になっていただいていることを私達も大きな誇りに思っていたのですが・・・ 小泉劇場の余波を文京区も受けてしまったのかなぁ~、とそんな感じです。

 「後任の教育委員には岡野俊一郎氏をお願いしたい。」との発言が煙山区長よりありました。岡野氏は日本サッカー協会名誉会長、 国際オリンピック委員などの重責を担うこれまた日本スポーツ界の重鎮。猪口氏にも負けず劣らずの方です。

 文京区の人材の豊富さをあらためて思い知らされます。

 教育委員の選任には議会の同意が必要です。この同意については9月21日定例会初日に正式に区長より提案を受け、 その取り扱いを再びこの議会運営委員会で協議することに決定しました。議会での同意はほぼ間違いないでしょう。

2005年09月16日

樋口ゆう子さんと懇談。(中野新橋から・・・)

10:00 中野新橋にある「樋口ゆう子事務所」へ。前東京都議会議員の樋口ゆう子さん(写真) を訪ね、久しぶりに懇談しました。
彼女とは2年ほど前にご主人樋口俊一氏の参議院議員選挙を私がお手伝いして以来の仲で、何かとお世話になっています。

 私にとってはまさに「姉御」的存在。

 そんなゆう子さんも7月の東京都議会議員選挙では惜しくも再選なりませんでしたが、疲れをみせる様子もなく元気で、 心機一転頑張っている姿を見て私も安心しました。

 今日は「中野区で政治の勉強をしたい」という若者を連れての訪問でしたが、とても親身にそして熱心に対応してもらい、 そして良きアドバイスをもらいました。

 私が尊敬し、女性政治家としてその将来を期待している「ゆう子」さんです。 ぜひとも首都東京のためにもこの苦境を乗り越えて復活してもらいたいと願っています。

2005年09月17日

間に合ってよかった!(環3都有地の借用が実現)

年に一度の恒例「根津神社祭礼」が始まりました。

10:00 根津八重垣町会の御神酒所(みきしょ)を訪問。
「ありがとう、お蔭様で何とか間に合ったよ!」と役員さんから声がかかりました。御神酒所の隣りは環3都有地(写真)。かねてより、 不忍通り沿いにあるこれらの用地を地元に貸し出してほしいという要望を受けて、私も東京都や文京区、 地元との調整役として働かせてもらいました。

 特に、9月の祭礼に間に合うようにという要望は、かなり手続き的にも厳しかったのですが、 結果としては9月初旬に東京都から文京区への貸与の手続きを終え、その後文京区から一時的に八重垣町会に貸し出すという手順で、 このお祭りに間に合ったという訳です。

 お祭り終了後にはどのような利用の仕方をするか、新たに検討することになっています。(防災機材置き場など・・・)

 地域の要望を速やかに受け入れ、迅速に対応してもらった東京都および文京区の関係者各位に心から感謝したいと思っています。

 環境に恵まれ、お祭りも大いに盛り上がることでしょう。

2005年09月18日

子供神輿が連合渡御(根津神社祭礼)

12:00 根津・弥生七ヶ町の各町会より子供たちが根津神社に結集。

 子供神輿連合渡御(れんごうとぎょ)が行われました。根津神社のお祭りでは大祭の時は大人の連合、 今年のように陰の時は子供の連合が行われることになっています。しかしながら我が地元も少子高齢化の影響をもろに受け、 子供の数も年々減少ぎみ、神輿の数も今年は7基から5基に減らしました。

 連合渡御は神社を出発、不忍通りに出て根津の交差点を超え池之端の際まで行って宮永町会内(根津一丁目)で終了。 約1時間半くらいの行程ですが、そこから各町で神輿を担いで帰らねばならず、実質2時間くらいになります。

 子供には結構きつい道のりでした・・・でも下町っ子ですから神輿を威勢良く担ぐくらいのことが出来なきゃダメです。 そのためにもいい経験です!

2005年09月19日

お祭りさわぎの後で・・・(片付けです。)

7:00 早朝からお祭りの後片付けが始まります。

 私は事務所のある根津藍染町会と自宅のある千駄木二丁目西町会の2つの町に関わっているので、とても大変です。 特に根津藍染町会では私の事務所が御神酒所になるので・・・(写真)。

 神輿や山車(だし)を神社の庫にしまったり、備品やスピーカー、提灯などを片付けたり、ホントこれが大変なんです。難儀します。
それでも町の人達のご協力で9時過ぎにはなんとか一段落しました。

 少しホッとしています(苦笑)。

2005年09月21日

区議会第3回定例会始まる。(厚生委員会で議案審査)

 今日から区議会第3回定例会が始まりました。会期は38日間、決算審査を含め長丁場となります。

10:00 議会運営委員会。会期の決定、追加提案事項・補正予算の説明。教育委員の任命同意について煙山区長から発言があり、 岡野俊一郎氏の名前が正式に挙がりました。また、補正予算や介護保険の見直しに伴う条例改正については急を要するということで、 本日の本会議を途中休憩し厚生・総務区民の2委員会を開き、議案の審議にあたることになりました。

12:00 会派総会。所属議員が集まり、議会運営委員会での決定事項について確認。
13:00 全員協議会
14:00 本会議 助役より今定例会に上程される議案について提案説明を受けた後、付託委員会を決定。休憩に・・・。

14:25 第一委員会室にて厚生委員会が開会。私も委員として出席。
議案の内容は、介護保険制度の見直しについて。施設サービスについては今後、居住費・食費が保険対象外となり、自己負担が導入されます。 いろいろ議論もありましたが、在宅でサービス受けている方々や介護保険を利用していない方々との公平性の観点からすると妥当だと考え、 私達会派としては賛成しました。
 ただ、通所サービスにおける昼食代については442円から650円に跳ね上がるので、 低所得者への減免制度の活用や調理コストのより一層の効率化によって、料金が下げられるよう努力する旨を区側に要望しました。

16:40 総務区民委員会 補正予算(国民健康保険特別会計・介護保険特別会計)は賛成多数で可決すべきものと決定。

17:50 本会議再開。厚生委員会および総務区民委員会で審議された4議案を採決。
いずれも原案通り可決されました。引き続き、平成16年度文京区歳入・歳出決算について中村収入役より提案説明、 議長指名17名の委員による決算審査特別委員会が設置され、議案が付託されました。
その後、煙山区長より教育委員の任命同意について岡野俊一郎氏が推薦され、全会一致で同意されました(本会議終了)。

18:10 決算審査特別委員会が正副委員長互選のために開会。
 委員長には東村昭平議員(新生クラブ)、副委員長には若井のりかず議員(公明)が就任しました。

18:20 本日の全日程が終了。
    一日めまぐるしかったのでちょっと疲れました・・・。

2005年09月22日

高山たいぞう議員が質問に立つ。(各会派代表質問)

 午前中から区役所にて議会運営委員会正副委員長会議や面会などで慌しく時間が過ぎていきました。

14:00 本会議 今日から連休を挟み3日間に渡って各会派の代表質問が始まりました。初日の今日は我が会派を代表して期待の若手・ 高山たいぞう議員が質問に立ちました。主な質問骨子は以下の通り・・・。

1.平成16年度決算と平成18年度予算編成方針について。
2.今後の学校運営の基本的な課題について。
3.区有施設の有効活用について。
4.少子化対策について。
5.目白台国家公務員共済組合(KKR)運動場跡地の購入計画について。
6.戸籍のコンピュータ化について。

 煙山区長が打ち出したKKR目白台運動場の購入は、今後の区政の大きな課題です。130億円にも上る資金をどう調達するか? 今日の高山議員の質問に対し区長は「公的助成を最大限活用するために、都市公園として整備をする。国庫負担金や都市計画交付金、 財調交付金に期待。その他として柏総合グランドの売却や起債や基金の取り崩しも利用しながら、財政負担のかからない方法を模索する。」 とのことでした。

 戸籍のコンピューター化については、我が会派としても強く要望をしている案件ですが、 まだまだ検討段階で予算の裏付けも不明確とのことで、時間がかかりそうです・・・。

 高山議員も今回で2回目の代表質問。若さや初々しさもさることながら、落ち着きもでてきて・・・板についてきた。といった感じです。

2005年09月26日

入湯税は7700万円。(ラ・クーア、椿山荘から・・・)

10:00 我が会派(新生クラブ)で政務調査会を開催。

 今定例会に上程されている議案・請願・意見書などについて、会派意見をまとめる作業を行いました。昼休憩を挟んで午後からは、 平成16年度文京区歳入歳出決算について検証・研究。

 会期後半戦は決算審査が始まります。資料も手元に届き、 来月14日決算審査特別委員会が始まるまでに審査内容や質疑のポイントなどをまとめ上げなければなりません。

 急ピッチで進めなければ・・・・。

 今日は主に決算の総括について、そして歳入について議論。
総括的には文京区の厳しい台所事情が明確に現れているように思います。
人件費比率・公債費比率ともに財政に与える影響は大きいと言わざるを得ない状況です。また、財政の硬直化を示す経常収支比率は90% を超え23区でもワースト1となってしまいました。
 今後どう財政再建を実現していくか?煙山区長の手腕が問われます。

 また歳入(区の収入)で目立ったのは入湯税。
 原資となる区役所お隣りの東京ドーム「スパ ラ・クーア」(写真)と椿山荘の「スパ フォーシーズン」は区内唯一の温泉施設です。(ラ・ クーアは源泉、フォーシーズンは箱根からの移送。)

 16年度決算における入湯税収入は実に7700万円にも達しています。

 そのほとんどはラ・クーアからの税収で、ちょっとビックリするくらいの額ですね。昨年に比べやや実績は落ちてはいますが、 文京区にとっては貴重な財源です。

 都会・温泉・入湯税が7700万円と・・・なんだかピンとこない気もしますが、歳入確保にセオリーはなく、 いろんなケースがあるのだということを実感しています。

2005年09月27日

決算書とにらめっこ。(もう間近かです。)

 今定例会の目玉である決算審査が間近かに迫っています。

午前中は委員会の質疑に向けての準備。300ページにも渡る分厚い決算書(主要施策の成果と呼ばれています。写真。) を1ページずつ検証していきます。これだけ見ていても何もわからないので、過去の委員会記録や所管課の事業概要、 事務事業評価表などあらゆる資料を重ね合わせながら問題点を洗い出していきます。
かなり地道な作業となります。今回のテーマは・・・と思ったのですが・・・まだ内緒です。

 まさし日記の読者の中には区職員の方々もたくさんいらっしゃるようで、ネタをばらしてしまったら質疑に影響がでますし・・・。

14:00 本会議 各会派の代表質問2日目。今日は自民党橋本直和議員、公明党堀内喜司夫議員の2名。 橋本議員が質問答弁あわせて16分というスピード質問であったため、通常よりかなり早く終了。

 助かりました。夜は会合1件出席の後22:00帰宅。

2005年09月28日

代表質問3日目。(各会派質問終わる。)

 午前中は昨日に引き続き、決算審査に向けての準備。 議会図書室にある平成16年度事務事業評価表を参考にしながら質問の骨子を固めていきます。

14:00 本会議 代表質問3日目。各会派(無所属を含む)の質問が終わります。最終日の今日は佐藤憲和議員(共産)、 田口孝一議員(無所属)の2名。

 アスベスト対策、目白台運動場の取得、ニート・フリーター対策、子供の安全・安心まちづくりについてが質問に挙がりました。

 特に、アスベストについては区有施設の再点検などしっかり対応してもらいたいと考えています。

2005年09月29日

再出発を宣言!(根津駅頭から)

7:45 根津駅頭に私と増子都議会議員が立ちました。

 先の総選挙の御礼と再出発の宣言です。
厳しい結果を謙虚に受け止めるとともに、これからも2大政党の一翼を担い民意の受け皿にならねばなりません。

 そんな思いを込めての1時間の街頭からの訴えでした。

2005年09月30日

横断中。(交通安全運動週間です。)

 交通安全運動週間です。

7:30 不忍通り汐見小学校前交差点で、「横断中」の旗振り、歩行者の誘導のお手伝い。 年に2回春と秋にはこうしてボランティアで参加しています。

10:00 区役所にて防災・交通対策調査特別委員会を傍聴。主な報告事項は・・・
1.(仮称)文京区防災対策条例の制定について。
2.9月4日から5日の大雨に関する対応について。
3.平成17年秋の交通安全運動の実施について。

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