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2003年06月29日

昭和48年、後楽園競輪廃止を振り返る。

 24日、本会議の私の代表質問で「東京ドームでの競輪復活」について煙山区長の「復活に反対。」 との答弁を得て、翌25日緊急に開催された幹事長会で「東京ドームでの競輪復活に反対する決議案」を我が会派新生クラブから提出。 全会派一致での議決を呼びかけました。
残念ながら、以後3日経った今も、ある会派の合意が得られず、まとまっていません。結論は週明けに持ち越しか・・・。

 昭和48年、後楽園競輪は廃止に至りました。その経緯をつづった東京都の報告書(膨大な資料ですが)を入手したので、 休日を利用しその軌跡をたどっています。東京都と後楽園スタジアム(株)との交渉過程や、 従事していた職員の処遇など克明に記されている資料を目にしながら、廃止にあたってどれほどのエネルギーや資金を要したか・・・ その苦難の跡がうかがわれます。

 そもそも何故今、競輪復活なのか?
カジノ構想が頓挫したから?ドームがバンク(走行路)を持っているから?
場渡り的、安直な考えの下の東京都(石原知事)の意向に強い反発を持ちます。 これまで後楽園競輪が歩んだ道をそして文京区民の思いを今一度認識して考えを改めていただきたい。
ましてや右肩下がりの公営競輪の経営実態、財政再建策としてどれほど効果をもたらすか?
将来展望は決して明るいとはいえないでしょう。

 現実をしっかり見てもらいたい。競輪復活反対!。

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